こじれた二者関係を打開する: アクティブ・リスニング

たくさんの人間が関わるときには、必ずトラブルが起きる。

人生経験を積むにつれて、そのような確信を持つようになる人は多いのではないでしょうか。

筆者はこれまで、複数の会社の経営に携わるなかで、いろいろな種類のトラブルに遭遇してきました。どんなグループでも、少なくとも一ヶ月に一度は、人間関係が原因となるトラブルが生じるものだと感じています。厳しい状況にあるときは、人々の気持ちは毎日だって衝突するのだと知ったのも、その経験からでした。

そしてまた、複雑な家庭環境で育ってもきました。特に小さな頃は、素行の悪い人間も少なくないコミュニティに属していたので、たくさんの「ケンカ」(肉体的にも、精神的にも)を生き抜くことを強いられたものでした。

それらの経験が結実したのは、不思議なことに、「プロジェクト・マネジメント」という形で、でした。

「プロジェクト・マネジメント」の技法には、たくさんの理論やフレームワークが存在します。筆者はそれを「プロジェクト・マネジメント」の理想的な側面と呼んでいます。物事が計画通りに進む時期には、計画を立てるための創意工夫は、これ以上なく活躍します。

しかし現実には、それらがそれほどには活躍できないときがやってきます。ひとつの大きなことを、複数人で協力して達成しようとするときには、人間同士は必ず衝突します。「プロジェクト・マネジメント」の現実的な側面では、これらの衝突を解決する必要に迫られます。

たったひとりで100のことを達成できる天才的な人材が、3人集まった結果、300ではなく10しか達成できなくなる、というのも、この世界では驚くくらいありふれた話です。

その原因が3人の人間関係にあるなら、それを解きほぐすことは、現実に役に立ちます。

そして、そうした技法が効果を発揮するのは、何も仕事の場に限りません。

親子関係だって、友人関係だって、恋人関係だって、人がふたり揃えばどこでだって、こじれることがあります。

今この記事を読んでいて、そんな場面を悲しく思ったなら、あなたがそれを解きほぐすことができます。

筆者はこれから、何回かの記事に分けて、「こじれた二者関係を打開する」ための技法を説明していきます。そこには具体的な手順もあれば、ほとんど心構えに近いような話もあります。

ぜひこれらの技法を知って、あなたと大切な人との人間関係を保ち、バランスを崩したら手を差し伸べ、平穏で幸せな日々を紡ぐ支えにしてほしいです。そしてあなたに敵意を向ける人がいれば、その心を解きほぐし、笑顔を交わせるようになるまでの道標にしてほしいと思います。

「アクティブ・リスニング」とは

今回取り上げるのは、「アクティブ・リスニング」という技法です。

日本語でそのまま書くなら、「能動的な聞き方」ということです。「能動的」というのは、行為者自らが積極的に動くということですね。「聞く」というのは、ふつうは受動的な行為のはずなので、聞くのが能動的だというのは、少し不思議な感じがします。

そして、「能動的な聞き方」があるなら、「受動的な聞き方」もあるのかと思われたなら、あなたのご想像の通り、あります。

少し遠回りですが、そこから説明をはじめたいと思います。

受動的な聞き方: 心のドアを開く

受動的な聞き方とは、簡単にいうと「あいづち」のことです。

「ふんふん」「なるほど」「そうだよね」「そういうこと」など、あなたもたくさんの種類の「あいづち」を知っていると思います。

こうした言葉は無意識に使われることがほとんどですが、技法として意図的に使われることもあります。

こじれた二者関係を解きほぐそうというときには、こうした言葉は、既に閉ざされてしまった相手の心のドアを再び開いて、もう一度話し合いの場に招待する役割を持ちます。

「わたしはあなたの話を聞いているよ」というメッセージを送ることが、その効果です。もちろんこうしたメッセージを送るからには、あなたは本当に、相手の話を聞こうという意思を持つべきです。でなければ、信頼関係を保つことはできないでしょう。

さらに大切なことは、「あいづち」に、あなたの意見が含まれないようにすることです。

「あいづち」には実質的な意味がないことがほとんどですが、悪い意味でうまく使えば、それだけでも相手の意見を否定することは、充分にできます(できそうに思えないなら、あなたは心優しい人です)。そのように使われる「あいづち」には、話し合いへの招待状としての効果はありません。

表現だけでなく、表情や声のトーンが、「受動的でないあいづち」を作り出してしまうこともあります。そして、どのくらいの基準で「受動的でないあいづち」になってしまうかは、相手によって変わるものです。「あいづち」は、それ自体に意味がない分、非言語的な要素がニュアンスに与える影響が大きいようです。

このように、「受動的な聞き方」を適切に使いこなすことは、意外と難しいことです。

そして、うまく使いこなしたとしても、あくまで「あいづち」は「あいづち」です。ドアを開けて招待状を送る以上のことはできません。

そして油断すれば、相手が招待状に気づいてあなたの心を訪れる前に、ふとした弾みで、あるいは無意識に、あなたが心のドアを閉じてしまう(と、相手に感じさせてしまう)こともあります。

そうではなくてもっと積極的に、そしてドアを開いたままにしておくための技法があります。

それが「アクティブ・リスニング」、「能動的な聞き方」です。

能動的な聞き方: アクティブ・リスニング

「聞き方が能動的である」という意味を理解するためには、「聞く」とは何かを知る必要があるでしょう。

ある架空の会話の例を準備しました。登場人物はアリスとビートリスで、今度遊びにいくときに、どこにいくかについて、話しています。

ビートリス 今度遊びにいくのは、美術館はいやだな。

アリス どうして? 芸術に触れることは大事なことじゃない。

ビートリス ああいうところって、わたしには静かすぎるのよ。

アリス ゆっくり作品を味わうためには、静粛さは必要だわ。

ビートリス 聞く耳を持たないのね。もういいわ。

この例では、 アリスは確かにビートリスの発言を「聞いて」います。しかし、残念ながら口論になり、ビートリスは対話のドアを閉じてしまいました。というよりも、ビートリスからすればアリスのほうが、最初からドアを開かなかったように感じているようです。

どうしてこのようなことが起こるのでしょうか?

あなたが誰かの話を「聞く」というとき、それは単に音波としての相手の声を、あなたの鼓膜が受け取るという以上の意味があります。

当たり前のことのように感じますが、話を「聞く」という行為には、その内容を「理解する」という行為が含まれています。相手の発言の意味を理解してはじめて、正しく「聞いた」ことになるわけですね。

アリスは確かにビートリスの発言を聞き取って反論してはいますが、もしアリスが、ビートリスの言いたかったことを誤解してしまっていたとしたら、どうでしょう? そしてアリスはそのことに気づかずに、誤った理解に基づいて、自分の意見を反論として伝えてしまったとしたら?

それは「聞いた」ことにはなりません。ビートリスからすれば、アリスは話し合いを望んでいるくせに、自分の側の対話のドアを開かないと感じて、理不尽な思いをすることでしょう。

もちろん、アリスも悲しい気持ちになってしまいました。

どうすればいいのでしょうか?

答えは簡単です。自分の理解が正しいか、確認すれば良いのです。

アリスは時計の針を戻して、今度は「アクティブ・リスニング」を使ってみることにしました。

ビートリス 今度遊びにいくのは、美術館はいやだな。

アリス 遊びにいくなら、どこか別なところがいいと思っているのね。

ビートリス うん。ああいうところは静かすぎるから、あまりアリスと話せなくてつまらないわ。

アリス 美術館だと、あまりお話しできなくて、退屈なんだ?

ビートリス そう。でもアリスは、どうしても美術館に行きたいのよね?

アリス いつも本物じゃなくていいのよ。そうだ、「カフェ・サトリアーニ」には、わたしの好きな作家の作品集が置いてあるし、おしゃべりもできるわ。そこにいくのはどう?

ビートリス あっ、それはいいね。そうしようよ。

今回は、アリスはビートリスの本当に言いたかったことを正しく「聞き」、ふたりはどちらもが幸せな結論に辿り着くことができました。これが、「アクティブ・リスニング」の効果です。

注目すべきは、ビートリスのこの反応です。

ビートリス うん。ああいうところは静かすぎるから、あまりアリスと話せなくてつまらないわ。

ビートリスは、うまくいかなかった例でも、「静かすぎるところはいやだ」と言っています。

一方、うまくいった例では、それだけではなく、「静かすぎるところはいや」な理由も教えてくれています。それは、「アリスとあまり話せない」からなのでした。

ビートリスがこの気持ちを伝えてくれたのは、アリスの「わたしは、ビートリスの気持ちを気にしているよ」というメッセージが、ビートリスにうまく伝わり、「素直で正直な気持ちを伝えていいんだ」という安心感を持つことができたからです。

アリスとビートリスの会話はとても小さな架空の例ですが、現実の二者関係のこじれのほとんどは、複数の小さなこじれが組み合わさってできています。小さなこじれを解きほぐす努力を繰り返すことで、大きなこじれを、少しずつ解決していくことができます。

相手の真の感情を引き出す

大切なのは、能動的であるとはいえ、「聞き方」だということを意識することです。

つまり、「アクティブ・リスニング」であなたがやるべきことは、「わたしは確認がしたい」というメッセージを送ることではないのです。

アリス おしゃべりできないから美術館はいやだってことね。そうなんでしょ。

このような姿勢で対話に臨めば、相手からすれば、あなたが会話の主導権を奪おうとしているように見えることでしょう。そうではなく、あくまで「あなたは、このように思ったんだね」と伝えることで、相手の感情を受け止める用意が、あなたにはあることを表現してください。

「アクティブ・リスニング」には、相手の真の感情を引き出す効果があります。

それは、単に「理解の確認」によってではなく、「あなたが相手の感情を尊重し、あなたの意思に反することでも、少なくとも意見は聞いてくれる」という信頼を形成することによって、なのです。

なぜうまくいくのか: 「会話」の構造を知る

「アクティブ・リスニング」はなぜうまくいくのでしょうか。

前のセクションでも少し触れましたが、より具体的に説明してみます。

「伝達」モデル

わたしたちは、会話をするとき、次のような手順を繰り返しています。

  1. 相手が、何かを伝えたいと思う(観念)。
  2. 伝えたいことを、日本語で表現する(記号化)。
  3. 日本語を、発声して音波に変換する(信号化)。
  4. あなたの鼓膜が、音波を受け取る(復号)。
  5. 音波を、日本語として解釈する(理解)。
  6. 解釈した結果、今度はあなたが、何かを伝えたいと思う。1に戻る。

コミュニケーションをこのように捉えることを、言語学では「伝達」モデルと呼びます。

ここで、正しい内容が相手からあなたに伝わるためには、このうちのひとつでも失敗してはならない、ということに注目してください。

(2) で相手が選ぶべき単語や文法を誤っても、 (3) で発音に失敗しても、 (4) であなたが誤った単語を聞き取っても、 (5) で適用すべき文法規則を誤っても、正しい内容は伝わりません。

「アクティブ・リスニング」をしない会話では、 (6) で誤った解釈に基づいたまま、あなたが何かを伝えようとする結果、どちらかが一言発するたびに、会話は、本来辿り着くべき場所から離れていってしまい、お互いに「相手はわたしの言うことに聞く耳を持たない」という気持ちを確かにしていきます。

「推論」モデル

「アクティブ・リスニング」の背景には、「メッセージング」モデルとは別の、コミュニケーションの捉え方があります。

それは、コミュニケーションの「推論」モデルと呼ばれるものです。「推論」モデルからみたコミュニケーションは、次のように考えられています。

言語的コミュニケーションが成功したとされるのは、語り手の「意図」を聞き手が正しく認識したときである。語り手と聞き手が、語り手の表現・発話を、聞き手から見た「語り手の意図」の認識に導く推論戦略として、同じ仕組みを共有できているときに、言語的コミュニケーションは成功する。

少し難しいですね。

大雑把に説明すれば、コミュニケーションとは「あらゆる手段を使って、聞き手は語り手の意図を認識しようとし、語り手は聞き手に自身の意図を伝えようとすること」だ、ということです。

ここでいう「あらゆる手段」とは、言葉や発音はもちろん、ジェスチャーや表情などのことです。あるいは、話しかけるタイミングや、どんな場所を選ぶか、ということさえ影響を与えます。「伝達」モデルと「推論」モデルはどちらも正しくて、どちらも完全な理論ではありませんが、少なくともかなり異なった世界観を備えていることがわかります。

つまり、コミュニケーションは、ふたりで協力して行うゲームなのであって、どちらかが相手に打ち勝とうとするゲームではないのです。

「アクティブ・リスニング」では、 (6) をする前に、 (5) から (1) までの手順に間違いがなかったかを検証しています。

このようにすることで、会話が本来の道筋から離れないようにするだけではなく、相手に対して、「わたしはあなたの感情を受け入れ、対話のドアを開いています」ということを伝えることができます。

それによって、コミュニケーションはふたりの勝負ではなくて、協調して取り組む協力ゲームなのだ、ということを、相手の無意識に語りかけるのが、「アクティブ・リスニング」の最大のねらいなのです。

うまくいかないとき

このように、「アクティブ・リスニング」にはとても優れた効果がありますが、いつでもうまくいくとは限りません。

とても簡単な技法ながら、陥りがちなトラップがいくつかあります。

この最後のセクションでは、筆者が既に知っているトラップを簡単にまとめておきます。

「オウムがえし」ではない

「アクティブ・リスニング」をはじめて使うときに、相手の発言を「オウムがえし」にしてしまう、という話を聞くことがあります。

はじめのうちは、確かに「相手の感情を読み取って、それをその理解したことを相手に伝えようとする」ことは、それなりに大変なことです。

しかし、何度か取り組めばコツがわかってきます。諦めずに続けてください。

「誘導」はしない

「受動的な聞き方」である「あいづち」と同じように、「アクティブ・リスニング」でも、巧妙に使えば、相手の意見を誘導しようとすることはできてしまいます。

実際のところ、意味的なフィードバックがある分、誘導に応用するにはそれなりの工夫が必要ですが、だからこそ逆に、無意識にできてしまう人は自覚を欠くということもよくあります。

「アクティブ・リスニング」は、相手の感情を正しく自分が受け取ったことを伝えるためのものです。自分の意図する方向にさり気なく解釈を修正しようとしていないか、考えてみてください。

「手のひら返し」しない

「アクティブ・リスニング」をしてみたものの、なかなか相手が話し合いに参加してこないので、しびれを切らして普通の話し方に戻ってしまう、ということもあります。

あなたの対話の相手は機械ではないので(この記事がもし5年後に読まれているなら、この仮定も見直すべきかもしれませんが)、あなたが「アクティブ・リスニング」をしたからといって、すぐに反応を変えるとは限りません。

効果が出るまでの期間の長さは、あなたと相手の信頼関係の深さによります。強く傷ついている場合、何度も取り組む必要があるかもしれません。

しかし、一般に、意外なほど早く効果が出るといわれています。諦めずに粘り強く、「あなたの感情を受け入れる用意が、わたしにはある」ことを伝えてください。

おわりに: 「アクティブ・リスニング」の限界

今回は、「アクティブ・リスニング」の技法を紹介してみました。

「アクティブ・リスニング」はわりと手軽に導入できるわりに、素早く効果が出るので、はじめてチャレンジするにはちょうど良い技法だと思います。

しかしあくまで、「アクティブ・リスニング」には、相手の真の感情と意見を引き出す効果しかありません。

それ単体では、単にあなたが相手の意見に従うことでしか、問題を解決できません。それでは、結局二者関係はこじれたままでしょう。

健全な二者関係では、ふたりは対等に意見を交換し、思想や背景の違いを受け入れ、変えられないはずだった前提を乗り越えて、自分も相手も幸せであるような結論に到達します。

筆者は、そんな瞬間が大好きです。他者の怒りを鎮めていくプロセスにも、話し合いのあとで、こんな簡単な解決策を見落としていたのかと照れ笑いするときにも、ほかでは味わえない喜びがあります。しかもその喜びは、実益という“オマケ”つきです。

こじれた二者関係を打開しようとするなら、あなたがあなたの主張を適切に伝える方法が、どうしても必要になってきます。次回は、そのための技法を紹介したいと思います。

また近いうちに、続きを書こうと思います。

参考